熊本地方裁判所天草支部 事件番号不詳 判決
主文
被告人鈴木基次を、懲役一年六月、及び、罰金一万円に、
被告人常宜民を、懲役一年六月、及び、罰金千円に、
被告人劉鍾秀を、
判示第一、第二の事実につき、懲役八月、
判示第三の事実につき、懲役十月に、
被告人西中忠義を、懲役一年に処する。
右の罰金を完納することができないときは、金五百円を、一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。
被告人鈴木基次、同、常宜民に対し、本裁判確定の日から三年間右懲役刑の、被告人西中忠義に対し、本裁判確定の日から二年間右懲役刑の、執行をそれぞれ、猶予する。
差押えてある鮮魚運搬船熊野丸(五十屯六五、百五馬力)及び別表第二物件目録記載の物件は、これを没収する。
被告人鈴木基次、同西中忠義から金百六十四万四千九百十六円を、被告人常宜民、同劉鍾秀から金九十四万二千円を、被告人劉鍾秀から金六百二十三万千九百二十円を、それぞれ追徴する。
訴訟費用中、国選弁護人に支給した分は、被告人西中忠義の負担とし、其余は全部、被告人鈴木基次、同常宜民、同劉鍾秀の負担とする。
被告人常宜民に対する本件公訴事実中、同被告人が被告人劉鍾秀と共謀して、タイピン号で接触測角器等百六梱包を香港に密輸出したとの点については同被告人は無罪。
被告人常宜民、同劉鍾秀に対する本件公訴事実中、同被告人等が、被告人鈴木基次、同西中忠義等と共謀して、税関の免許を受けないで大竹丸で、自動車タイヤー約七十梱包、鉛筆約三十梱包を、中国塘沽に密輸出したとの点については、同被告人等は無罪。
理由
罪となるべき事実
第一、被告人常宜民、同、劉鍾秀は、黄天受等と共謀して、税関の免許を受けずに、昭和二十六年二月二十六日頃、広島県呉市所在の進駐軍用突堤で、顕徴鏡三十六個(原価金九十四万二千円)及び医療器具類三十一梱包(原価不明)を、英国船チヤンテイー号に積込み同港から中国香港まで海上輸送してこれが密輸出を遂げ、
第二、被告人劉鍾秀は、黄天受等と共謀して、同年六月十六日頃、同突堤で、別紙第一物件目録記載の物件百六梱包(原価金六百二十三万六千八百七十円)を、英国船タイピン号に積込み同港から香港に海上輸送して、これが密輸出を遂げ、
第三、被告人鈴木基次、同常宜民、同劉鍾秀は、李学軒等と共謀して、中国天津向けに貨物の密輸出をしようと企て、税関の免許を受けずに、昭和二十六年十月二十七日頃、大阪市安治川で、貨物運搬船第十七幸丸(百六十五屯八二、百十馬力)に、別紙第二物件目録記載の貨物六百三十三梱包(原価金六千七十八万九千七十九円)及び、自動車タイヤー、鉛筆など約百梱包を積込みこれを同年十一月四日頃、熊本県天草郡牛深港外砂月湾まで海上輸送したものであるところ、次いで、同所で、鮮魚運搬船熊野丸(五十屯六五、百五馬力)及び、大竹丸(約六十八屯、百六十馬力)に積替えた上、これを中国天津に向けて、海上輸送の企図であつたが、被告人常宜民、同劉鍾秀は、その輸送完遂に不安を抱いて、全貨物を熊本県三角港に陸揚げすることにしたけれども、被告人鈴木基次は李学軒と共に、右大竹丸の船長である被告人西中忠義と相談し、右第十七幸丸積載の貨物の一部を大竹丸に積替え、これを中国に向けて海上輸送することとし、以て共謀の上同月七日頃の午前二時頃、同郡久玉村字山浦沖合で、タイヤー約七十梱包、鉛筆約三十梱包を、右第十七幸丸から右大竹丸に積移し、直ちに中国天津向けに発航して、これが密輸出を遂げたものである。
第四、被告人鈴木基次は、法定の除外事由がないのに、昭和二十六年十一月六日熊本県天草郡牛深町新出光株式会社牛深出張所で、配給割当公文書と引換えることなく、吉村邦彦から、重油千八百立を代金二万八千四百四十円で買受けて、これを譲受け、
第五、被告人常宜民は、中華民国人であるが、法定の除外事由がないのに、昭和二十五年二月二十二日午前十一頃、貨物船長砂丸に船員名義を詐称して乗組み、香港を出港同月二十七日午前十一時頃、日本国広島県呉港に上陸し、以て、本邦に不法入国し、
第六、被告人西中忠義は、入国審査官から出国の証印を受けた有効な旅券を所持しないで、昭和二十六年十一月七日頃、大竹丸の船長として、これを運航し熊本県天草郡久玉村沖合を中国天津向け出航し、同月十三日頃、中国塘沽に到着し以て不法出国し
たものである。
(証拠説明省略)
法令の適用
判示第一、第二の各事実は、関税法第第七十六条第一項、刑法第六十条に、判示第三の事実中、被告人常宜民、同劉鍾秀の所為は、関税法第七十六条第二項、刑法第六十条に、被告人鈴木基次、同西中忠義の所為は、関税法第七十六条第一項、刑法第六十条に、判示第四の事実は、臨時物資需給調整法第一条第四条石油製品配給規則第十二条第四号に、判示第五の事実は外国人登録法附則第三項により行為時法たる旧外国人登録令第三条第十二条に、判示第六の事実は出入国管理令第六十条第二項第七十一条に、以上いずれも、罰金等臨時措置法第二条第一項にあたるが、被告人鈴木基次の第三の関税法違反の罪と、第四の臨時物資需給調整法違反の罪との間、被告人常宜民の第一、第三の各関税法違反の罪と、第六の外国人登録令違反の罪との間には、それぞれ刑法第四十五条前段の併合罪の関係があるから、各前者の所定刑中懲役刑を後者の所定刑中罰金刑を選び被告人鈴木基次に対しては、各所定刑期並に、金額の範囲内で懲役一年六月及び、罰金一万円、被告人常宜民に対しては、同法第四十七条本文第十条に従い犯情の重い判示第三の関税法違反の罪の刑につき法定の加重をした刑期並に外国人登録令違反の罪の所定罰金額の範囲内で、懲役一年六月及び、罰金千円に量刑して、刑法第四十八条第一項に従つて、これを各併科し、右の罰金を完納することができないときは、同法第十八条に従い、金五百円を一日に換算した期間その被告人を、労役場に留置すべきである。
但し、右懲役刑については、情状に因り刑の執行を猶予するを相当とし、同法第二十五条に則り、被告人鈴木基次、同常宜民に対し、この判決確定の日からそれぞれ三年間右刑の執行を猶予する。被告人劉鍾秀には、前示の確定判決を経た罪があり、これと第一、第二の各関税法違反の罪とは、刑法第四十五条後段の併合罪の関係があるから、同法第五十条に則り処断すべきであるが、第一、第二の各関税法違反の罪は、同法第四十五条前段の併合罪であるから、所定刑中いずれも懲役刑を選び、同法第四十七条本文、第十条に従い、犯情の重い第二の関税法違反の罪の刑につき、法定の加重をした刑期並に、第三の関税法違反の罪の所定刑中懲役刑を選び、その所定刑期の各範囲内で、同被告人を、判示第一、第二の罪につき懲役八月、第三の罪につき、懲役十月に処し、被告人西中忠義の第三の関税法違反の罪と、第六の出入国管理令違反の罪とは刑法第五十四条第一項後段の牽連犯の関係に在るから、重い関税法違反の罪の刑に従い、所定刑中懲役刑を選び、その所定刑期の範囲内で、同被告人を懲役一年に処し、情状によつて刑の執行を猶予するを相当とし刑法第二十五条に則り、本裁判確定の日から二年間、右刑の執行を猶予すべきである。
差押えてある鮮魚運搬船熊野丸(五十屯六五、百五馬力)は、判示第三の犯罪行為の用に供した船舶であり、別表第二物件目録記載の物件は、同犯罪に係る貨物であつて、いずれも、被告人鈴木基次、同常宜民等の所有に属するから、関税法第八十三条第一項によりこれを没収し、判示第三の犯罪の用に供した船舶大竹丸(約六十八屯、百六十馬力)は、所在判明せず没収することができないから、同条第三項により其の価額相当の金百六十四万四千九百十六円を、被告人鈴木基次、同西中忠義から追徴し、判示第一、第二の各犯罪に係る貨物は、中国香港に陸揚げされて没収できないから、同条項により第一の判示貨物の原価金九十四万二千円を、被告人常宜民、同劉鍾秀から、判示第二の犯罪に係る貨物の原価金六百二十三万千九百二十円を、被告人劉鍾秀からそれぞれ追徴すべきである。
訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項に則り、国選弁護人に支給した分は被告人西中忠義の負担とし、其他は全部、被告人鈴木基次、同常宜民、同劉鍾秀に負担せしむべきである。
本件公訴事実中、(一)被告人常宜民が被告人劉鍾秀と共謀して、税関の免許を受けないで、昭和二十六年六月中旬頃呉市所在進駐軍用突堤で、接触測角器顕徴鏡等理科学器具医療器具二千九百五十二個百六梱包を、英国船タイピン号に積載して同港から香港に海上輸送して、これを密輸出したとの点については、被告人常宜民の共謀の事実を認むるに足る証拠がなく、(二)被告人常宜民、同劉鍾秀が被告人鈴木基次、同西中忠義並に李学軒と共謀して、税関の免許を受けないで、昭和二十六年十一月七日頃の午前二時頃、天草郡久玉村字山浦沖合で、第十七幸丸の積荷中から自動車タイヤー約七十梱包鉛筆約三十梱包を大竹丸に積移し、中国塘沽へ向け同所を出航し、以て密輸出を遂げたとの点については、第三事実に判示したように、被告人常宜民、同劉鍾秀は、右貨物を積替えて中国向けに出航することを中止していたことが認められ、その後の密輸行為は、李学軒並に被告人鈴木基次、同西中忠義等が被告人常宜民、同劉鍾秀の意に反してこれを敢行したことが認められ、同被告人等の共謀の事実を認めるべき証拠はないから、いずれも、刑事訴訟法第三百三十六条に則り、無罪の言渡をしなければならないものである。
被告人、弁護人の主張について。
(一)被告人常宜民は、連合国人であつて、占領軍に随伴する者であり、日本裁判所は同人に対する裁判権を有しないから、刑事訴訟法第三百三十八条によつて、本件公訴を棄却しなければならないと主張するけれども、この裁判権の有無は刑罰権に関する実体法上の問題ではないので、行為時法に従うべきものとは認められず、仮に、行為時法に従うべきであるとしても、同被告人が占領軍要員でないことは、判示第五事実に説示した通りであつて、千九百五十年十月六日SCAPIN二一二七、民事及び、刑事裁判権の行使に関する総司令部覚書第一項に挙示のABCDのどの条項にも該当しないものであること明白で、その後占領終了までの間に、裁判権の有無について変更はなく、日本裁判所に裁判権があることは勿論であるから、この出張は失当である。
(二)被告人鈴木基次が、総司令部民間情報局第二課に勤務中、上司の命令によつて本件(判示第三の事実)に及んだもので、日本国内法を超越するもので、被告人等は、刑事責任を負うべきでない旨の主張については、同被告人がその主張のように情報部員で在つたことは、推測されないでもないが、本件の右行為が其の責任ある地位の者の命令に従つた行動であるとは、到底認め難いので、該主張も採用できない。
(三)仮に、判示第三の事実が、総司令部の命令によるものでなく、日本国内法を超越するものと認め得ないとしても、被告人常宜民、同劉鍾秀、同西中忠義は、しかく信じていたもので、且信ずるについて正当の理由があるから、関税法違反罪の如き取締法犯の場合には犯意を阻却すると主張するけれども、連合国最高司令官の対日管理方式は、所謂間接統治を原則とし、国内法規に準拠した日本政府の統治を通じて行われていたもので司令部が直接の措置に出ることは極めて例外的に行われたに過ぎなかつたので、仮に本件第三事実において被告人等が、日本国内法の秩序を無視するような、例外的措置が採られたと信じていたとしても、しかく信ずるについて正当の理由があつたとは認められない。更に、また被告人がしかく信じ且信ずべき正当の理由があつたとしても、これは、被告人等の右行為に対する刑罰を定めた日本国内法規の適用を排除するべき司令部の命令があつたとの誤解に基くもので、結局、刑罰法令の不知とみなければならないから、本件の犯意を阻却するものではない。
(四)被告人劉鍾秀は、曩に明神丸で貨物を密輸出したとの事実に基く、関税法違反の罪によつて、昭和二十六年十月五日、和歌山地方裁判所で、処刑の確定判決を受けているところ、本件第一第二の関税法違反の事実は、右確定判決を経た事案と同一事案であるから、刑事訴訟法第三百三十七条第一号に則り、免訴の判決をするべきだと主張するけれども、右確定判決を経た事案と、判示第一、第二の事案とは刑法第四十五条後段の併合罪の関係があること前説示の通りであつて、判示第一、第二の違反貨物は、チヤンテイー号又はタイピン号で、積出されたもので明神丸で積出された貨物に関する前記確定判決を経た事案とは全く別の犯罪であること明かであるから、この主張は失当である。
(五)判示第三の事実について、弁護人森岡光義は、被告人等の犯行当時の事情によれば、被告人等は右犯行以外に採るべき手段がなかつた旨期待可能性の欠如を主張するけれども、判示第三事実摘示の通り被告人等は、各自の利益追及の為に右の犯行を敢行したもので、該主張の根拠を認めることができない。
以上の理由によつて、主文の通り判決する。
(第一、二物件目録省略)